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考え方

2009年12月 5日 (土)

価値

物やサービスなど

様々なものには

様々な価値がある。

 

それぞれの人の価値観によって

価値があるであろうものと

それほど価値がないものがある。

 

先日、会話の中で

「価格が高いから価値があると思う…(あるいは、人はそう感じる)」

との意見があった。

 

私は面食らってしまった。

本当にそうだろうか?

 

価格が高いから価値があると思うのは

価格に価値を見出しているからではないだろうか?

あるいは、高い出費をするということに価値を見出しているということだろうか?

 

私は決してそのようなことはないと思う。

少なくとも、私はそう思う。

もし、そのようなことがあるならば

再びこの地に戻ってくることはなかったであろうし

そんな私を必要としてくれた人がいたからこそ

ここに戻ってくることができたからだ

 

与えられた価値に惑わされることなく

自身で価値を見出そうとするならば

本当の価値がわかるのかもしれません。

 

なにかを必要とした時

その本来の価値がわかるのかもしれません

なくてもいいものではなく

必ずあってほしいものとしての価値が。

 

私は、今年それを垣間見れた年でした。

笑顔と心について多くの学びを得ることができた年でした。

 

私自身も健康の価値と

心の平穏の価値を身にしみて感じた年でした。

 

今年もあと少し

気合入れていかないと~!!

 

2009年7月26日 (日)

イタチの言葉

人は誰もが

己の知識や認識に

頼り 縛られ 生きている

それを現実という

名で呼んでな

 

しかし

知識や認識とは

曖昧なモノだ

その現実は幻かもしれない

人は皆

思い込みの中で

生きている

そうは考えられないか?

 

忍者物語の漫画

「ナルト」が大好きで読んでいます。

今回は印象に残った言葉を載せてみました。

 

兄イタチと弟サスケの戦いの前の会話

特殊な目…車輪眼は幻術を見抜くという…

2009年4月14日 (火)

症状と施術の効果について

○○が治る

という宣伝を見かけることがあります。

なんとも目に余るものです。

……………

当院に通っている方で患者が抱える症状などがよくなったという話を聞くことがあります。

しかし、それらは患者の治癒力のなせる業なのです。

……………

例えば骨盤の歪みで腰痛が起きていて

骨盤を矯正して、腰痛がよくなったとします。

確かに、その矯正はその患者に影響あったと考えられます。

しかし、それは患者の治癒力あってのものなのです。

当院では体の治癒力を引き出すことが目的です。

その為の状況を作る手伝いをする、と

私自身、時折患者の「内なる治癒力」に圧倒されることもあります。

そんな時ほど謙虚にならなくてはと思います。

まずは元気をつけていきましょう!!

2009年3月 5日 (木)

ペイン

マンガのナルトをご存知でしょうか?

そこに「ペイン」という悪者がいます。

キメ台詞は「痛みを知れ」です。

多くの痛みを受けて、性格が捻じ曲がって

痛みを与えて、痛みを知らせ、世を変えようとしている輩です。

今日患者との話の中で

「先生は体悪くなったことないでしょ?」

という問いがありました

「いやいやそんなことないですよ、去年体調崩してかなりきつかったですよ」と

痛みを知ってようやくわかることもあります。

痛みを知らないと、患者の訴えが理解できないこともあります。

去年は学問的な勉強もさながら、痛みを知る年でもあったかもしれません。

キツかったですが、技術も、痛みも知ることができました。

あんまり体調崩したことがない人は一旦体調を崩すと

もう復活できなくなるんじゃないか、と思うことが多いです

私もそうでした

今は復活できて、治療もできています。

人生は経験の連続ですね。

がんばらないと。

なにを望みますか?

最近人に問うと同時に自分に問うことがあります。

「どうなりたいですか?」

「なにを望みますか?」

東京でカイロプラクティックの治療室で働いているときも

一人になってからも

カイロ学校の学生から、開業している先生から山ほど多くの悩みを聞いてきました。

どうしたらいいのか?とか

矯正ができない、とか

患者が治らない、とか

色々答えたときもありましたが

つまるところ、…これはカイロの学生でなくても

人生、どう生きていくか

自分が何を望んで、どうなりたいのか?

それに尽きると思います

私自身すごく、すごく悩んだ時期もありました

いまは悩んだ末に行き着いた答えが、私の治療室でやっています

妥協なく、やっています。

患者がどのくらい通ったらいいのか?と聞いて

まず、どうなりたいのかを聞きます

そして、私の見解を答えます。

人生は、自分がどうありたいのか?の問いの連続です

自分が何を望み、どうありたいのか。

なにをがんばり、なにを改善するべきなのか。

失敗の連続もありますが、その中から見えてくることもあります。

私はのんびり治療していけて、研究できて、患者が良くなって

適度に遊びにいければいいです。

いろんな経験から、今の答えに至っています。

2009年3月 4日 (水)

幸せになれる石

今日は最近話しているネタを。

それは「幸せになれる石」です。

ある種の輝石や宝石にはなんともいえぬ魅力があります。

金銭的価値もあるものもあればないものもありますが

なぜか、神秘的な匂いのするものもあります。

私は高校時代水晶のネックレスしていましたし

やはり神秘的な力にあやかろうともしていました。

だけど…

悲しいことに、「幸せになれる石など存在しない」、と私は考えます。

それは「石には何の力もないというのではなく」

そもそも、「幸せとはなにか?」という命題がいつまでも付きまとうからです。

その答えは、なかなか出てきません

なにが幸せか?さえ、なかなかわからないのに

なぜ、幸せになれるのだろうか?

いつの時代も人は自分にないものを求める傾向があります。

それを手に入れて幸せになれるでしょうか?

手に入れたら、手に入れたゆえの悩みも付きまとってきます。

では、幸せとは一体何でしょうか…?

………

……

あ、美味しいものならわかります!

一番美味しいものは

いつもより、少し美味しいものを食べたとき、だと考えます

いつもの基準があるからこそ、それを美味しく感じれるから、だと思うのです。

例えば、ワインを飲まない人がロマネコンティ飲んでもやっぱり価値はわからないと思います。

少なくとも私はその価値はあんまりわかりません(^^;;

幸せも、ちょっと似たようなところがあるんじゃないかって思ったりします。

いつもより少し良いことがあったときに幸せを感じれるのかもしれませんね。

2009年2月11日 (水)

神はいるのか?

人と話している時に、ふと神について話してみた。

もし神がいるならば、それは想像の産物ではないだろう

なぜならば、神が想像の産物であるならば、神が実在しないことを意味するからだ

そうすると、もし神がいるとしたら、それは想像の産物などではない

ということは、私たちが想像するような神は存在しないのだろう

それは想像の産物なのであろうから。

言い換えれば、仮に神がいたとしても

我々の理解を超えていて、それが神かどうかさえわからないのかもしれない

いや、それすらもわからない

なかなか難しい。

2009年1月26日 (月)

事実

事実ということは実は単純なのかもしれない

それを、難しくしているのは言葉なのかもしれない。

言葉とはなかなか難しいもので

過大に表現したり、過小に表現したりもするし

人によってその言葉の意味の受け取り方が

違ってくるのも厄介なところです

信じるとか、信じないとかは

あまり事実とは関係ないような気もするし

信じていないことも、信じていることもまた事実なのでしょう

自分の身の回りで起きる事を

過大に評価したり、過小に評価せず

あるがままを見ることが大事なのかもしれません。